何かを選ぶということは何かを選ばないということだ。
不穏な仮説と断定で始まった彼の講義に聴衆はどよめき、どのような結論に至るのかわからない持論の危うさを誰もが感じていた。
国際異能者権利フォーラムという名で開催されているこの場には日本やアジア圏の関係者だけではなく欧米からも人権団体が詰めかけ、異様な空気が満ちている。
論壇上の彼はその様子を面白そうに見ていたが、自分の持論に興味を持ってもらった事に満足そうであり意気揚々とスピーチを進めた。
私たちが選ぶべきではない未来とはどういうものか?
これからの時代に異能者がどのような意識と役目を持って生きていくべきか?
異能を持たない人々との協調はどのように構築していくべきか?
これらの問いかけは次第に聴衆の心を引き付け、ざわめいていた会場は静まり返った。
その静寂の中で聴衆は彼の言葉を受け止める準備ができた事を意味している。
その様子を見て満足そうな笑顔になった彼はますます意気込んで論説に熱を入れていく。
彼の熱を帯びた言葉は聴衆の心を焙り、信望者としての意識を根付かせているようであった。
…これは思ったより危険な風向きになるかもしれないな。
組織からの指示で聴衆たちの意識管理を支持されていた梓は危機感を募らせ、この場に充満した熱気を疎ましく感じていた。
梓が持つ異能は「感知範囲内の人の日常意識を変容させる」という精神干渉系能力の中でもより危険視されるカテゴリーの力だ。
使い方によっては大規模な扇動や暴動をも意図的に引き起こせる梓のこの異能は普段は厳重に何重にも封印されており、普段は一般人そのもののスペックを強制させられるモノ。
その為梓の異能が解禁されるときは余程の非常事態なのだが、どうやらその非常事態が誘発する可能性が濃くなっている事を梓は肌で感じていた。
最初は意図的に戦場を生み出す自分のような人間の出る幕ではないし、バックにいる支援団体も無能ではないだろう問題は無いと思っていた。
そもそも任務を命じられた時も程々に適当に流して「何の問題もありませんでした」という事なかれ報告で済ますつもりでいたのだ。
実際に梓がやったことはある程度この場の熱を温めた程度のこと。
それで円滑に討論が弾めばそれでよしぐらいの仕事だった。
しかし熱に浮かされたこの場の聴衆は壇上の彼をすでに熱狂的視線で見ている。
まるで自分たちを生贄にしてあなたの理想を叶えてくださいと言い出しかねない空気だ。
これはさすがに鎮静化したほうがいいかな…
梓は手首につけたウェアラブルデバイスを操作して最後のリミッターを解除し、アクションを起こす。
その最善と考えた判断が自分の致命的失態を呼び込む事態を想定することも忘れたままで。
