その対応で良かったなら何も失わずに済んだのではないのか?
彼のその言葉で私にかろうじて残っていた心の拠り所は跡形もなく消え去った。
今まで抱えていた誇るべき理想も叶えられるはずだった理想の日常も私の心の中で輝きを失っていた。
背負うことが喜びであった苦難や葛藤は私自身の自己満足の証にしかならなかったのだ。
今まで彼と共に紡いできた理想への旅路の記憶もこの場から立ち去れば泡のように立ち消えていくのだろう。
かつて掲げた尊き理想像。
救うべき仲間たちと報われる筈だった自分の日常…無情にも手のひらから零れ落ちた宝物はもう自覚できるモノではなくなっている。
それでも最後に労いの言葉ひとつで私のこれまでの日々が無駄ではなかったと感じられたのに。
共に歩んできた一番の戦友である彼の目には私への失望と哀れみが色濃く満たされている。
その感情を認知して、私の理性の基点が崩れ落ちる音が脳裏に鳴り響く。
彼は適当な言い訳と自己正当化の言葉を吐いているようだったが最早ソレを認識できる理性は私の中に残っていない。
自分の積み上げた罪科の証となったこの関係をまっさらに戻そう。
私は道端の石同然の価値となった優しき日々の記憶を放棄して彼を処分する意思を固める。
私の決断を察した彼はそれでも悲しそうな顔ひとつせず自説を展開し続けた。
私のいないこれからの日常を後腐れなく生きていくために。
「…それでその後はどうなったの?痴話喧嘩だけで終わる話じゃないよね?あそこのコミュニティが崩壊するということは統制の取れなくなった異能者がそれぞれの独断で利権や仕事を奪い合うことになる。その為の互助組織だったはずよね。」
瑞希は手配された機密資料を斜め読みした後にこれから起こることを想定して頭痛を覚えていた。
部下の男はどこから説明したものやらと顔に書いてあってより瑞希の苛立ちを加速させている。
これでは始末に負えない内部抗争で一帯の治安が悪くなるだけでは済まないだろう。
首輪の外れた暗部の人間が野放しになっていては表のビジネスの信用問題にもなる。
なんとか旗印を掲げられる人間を立てて秩序の再構築を早急に図らねばなるまい…日常の平穏があってこその健全な日常だ。
瑞希はメッセンジャーすらまともにこなせない部下の男に退出を命じて戦略を組みなおす事にする。
それがせめて現状の最適解を導く選択であることを願って。
