結婚予定の清水巴流に会うため、俺は六月中旬に清流町にやってきた。和菓子屋店主の父には、新しい和菓子の研究だと言って旅に出た。
清流町には正午過ぎに到着した。ホテルに荷物を預けて腹ごしらえを済ませた俺は、公民館の展示コーナーで蛍の展示を眺めながら時間をつぶした。
「ゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメボタル…日本にはいろんな種類の蛍がいるんだなぁ。へぇ、お尻を光らせるのはゲンジボタルとヘイケボタルだけなのか…」
展示パネルには蛍が木々に止まっている写真が貼られている。その写真に見入って一人でブツブツつぶやいていると、後ろから声をかけられる。
「すごいでしょ。夜にはこの光景が生で見られるよ」
「巴流…」
「いらっしゃい、匠。楽しんでいってね」
*
午後八時になって辺りはすっかり暗い。夜の川辺には人だかりができている。巴流がガイドを務める蛍狩りの始まりだ。
「さあ皆様、お手元の明かりを消してください」
客たちは次々に懐中電灯の明かりを消してゆく。しばらくすると暗闇に、ぼう、と黄色い光が次々と灯ってゆく。蛍たちの乱舞が始まる。スマートフォンを取り出して撮影をしようとする客に巴流が声をかける。
「フラッシュは炊かずに撮影を楽しんでください」
客の一人が巴流に尋ねる。
「蛍は何匹くらいいるんですか?」
「二千匹くらいですね。清流町では蛍の保全活動に力を注いでいるんですよ」
巴流が笑顔で答える。そんなにいるのかと感心していると、また質問が客の間から起こる。小学生だろうか。小さな男の子だ。
「なんのために蛍のお尻は光るんですか?」
「オスとメスが出会うためなんです。オスは飛んでメスにアピールします。僕はきれいだよーって。そしてメスは葉っぱの上でオスの光を見て、良いなぁって思うと、お尻をチカチカ光らせるんです。するとオスはメスのところに飛んでいきます。お互いの相性、ええと、あの蛍は素敵だなぁって思うと、めでたくカップル成立です」
お互いの相性か、俺と巴流の相性はどうなんだろうか…。そんなことを思っていると、巴流の声がした。
「さて皆様、木々の方をご覧ください」
蛍たちは葉をつけている木へ向かって飛んでゆく。木の葉に次々と蛍たちがとまっている。
「わぁ綺麗…」
「天然のイルミネーションだ…」
周りから次々に感想が聞こえてくる。巴流は説明をする。
「蛍たちは葉っぱから出る水を飲んでいるんです。葉っぱにとまって光る姿が枝に花をつけているみたいでしょう」
「花か…」その時ふいにアイデアが頭の中に浮かんだ。
*
後日、巴流が俺の働く店『菓子処 もちづき』にやってきた。俺の修行の成果を見てほしくて、清流町から来てもらったのだ。
「あの時の蛍の光景を見てたら思いついてね。それで作ってみたんだ」
卵の黄身を混ぜた餡を葛粉と蕨粉で作った半透明の生地で包んだ菓子だ。葉っぱを模した器に載せて巴流に差し出す。喜んでくれるだろうか…?
「きれい…名前はあるの?」
「名付けて”蛍の花”だよ。さ、ご賞味あれ」
あとがき
松尾芭蕉の俳句「己が火を木々の蛍や花の宿」に着想を得て、この物語を作りました。蛍の穏やかな光は見る人を癒してくれます。蛍にとって住みよい水辺を守っていきたいですね。
