【小説】「出会いはたまゆらに」

「ここが…新しい家…かぁ」
そういう青年の目の前に佇むは明らかに「出そう」な雰囲気を醸し出すアパート。

そう、彼は今日からこのアパートの住人となるのだ。

しかし、新生活への期待に胸を高鳴らせる彼に魔の手が伸びる…………

誰もいない部屋にケタケタと楽しそうな声が響く。

ケタケタ…、知ってる?ケタケタ、ここに新しい住人が来るそうよ。
ケタケタ…その人は幽霊が嫌いなんですって。
なら…、私が驚かせてあげましょう。

きっと、今回は簡単に追い出せるわ。

そう言って楽しそうに笑うは部屋に住み着いた幽霊…
数多の人が好奇心で部屋を借りては、恐怖に怯えて飛び出していくのを楽しんでいた。

次のターゲットはどれほど自分を楽しませてくれるのだろう、そんな期待を持ちつつも幽霊…、
ゆらは驚かす準備を万端にしていた。

ガチャリ、と扉が開く。
どうやら部屋の中に入ってきたのはそこそこ体格のいいかっちりとした青年。

これは迂闊なことをすれば反撃されかねない。と思ったゆらは計画を練り直す。
計画変更。直接ボディタッチはせずに遠くから驚かせましょう。

そうこうしているうちに彼は荷物を部屋に置き、各部屋のチェックをし始めた。

彼が洗面所に入り、鏡を見た瞬間彼の背後に立つ。
すると、

「キャーーーーーーーーーーーッッ!?」

聞こえてきたのは甲高い悲鳴…ではなく、野太い悲鳴。
しかし、独特な悲鳴である。
不意を突かれたゆらは思わずその場にたたずむ。
すると、彼は鏡を見ても終わらない恐怖に泣き出した。

なんだ、今回は本当に簡単に追い出せそうだな…
そんなことをゆらが思っていると

「…っ
アタシのメイク、めちゃめちゃ崩れちゃってるじゃない!
もうヤッダ!こんなカオで大家さんに挨拶しちゃってたワケ!?
もうっ!サイアク!」

…違った。
彼は恐怖に怯えて泣いたのではなく、自分のメイクが崩れていたことに絶望してたんだ。

というか…彼は今なんて…?
見た目は確実にガタイのいい男性…だし、声も年相応に声変わりしてそうな…ダンディな声だ。
しかし、放つ言葉が独特だな…
と、ゆらがぼんやりしているうちに彼はメイクを直し始めた。

…メイクしなくても男前なのにな…

ゆらがどんなにアピールしても彼は気付くことなく、メイクを直しては満足げに鏡の前でどや顔している。

これは…、手ごわいぞ…

そして、彼が引っ越してきた当日。
ゆらがどんなに背後に立とうとも、ポルターガイストや心霊現象を起こしても、
彼が霊の存在に気付くことはなかった。
すべて別のことに勘違いしては平然と荒らした部屋を片付けていく。

…ちがう、私は片付けてほしくてそうしてるわけじゃない…
不満げに近くのごみ箱を蹴り倒せば、彼は「あら、そよ風かしら。困った子ね」と言って掃除し始めた。

ぐむむ…違うのに…

彼が引っ越してきた次の日。
彼を恐怖の底に陥れようと、手形や足跡で部屋を埋め尽くしてやった。

…しかし、彼はそれが見えてすらないのか、平然と日常生活を送り出す。

いや、気付け!?気付くだろう普通は!?

この様子だとまるで…、いや、確信づけるにはまだ早いか、と思ったゆらはまた別な「いたずら」を仕掛ける。

今度はナイフが宙に浮く心霊現象だ。ナイフがそのまま自分の元に飛んできたら、さすがの彼も恐怖に怯えるだろう…
ゆらは恐怖に歪んだ彼の顔を想像してはニヤニヤと笑う。
そして、彼に向けてナイフを投げた瞬間

「きゃぁあああ!!!!ナイフが!!!!!」

今度こそ成功しただろう。
ゆらはニヤニヤしながら彼の顔を見る…
すると

「あたしのお気に入りのナイフ!!!!前の家に置いてきちゃったぁ!!!!
あれは3…、5番目?の彼女からもらった大切なナイフなのにぃ!!!!」

そう言ってわんわん泣き出す彼。

え…、いや、色々突っ込みたいんだけど待って…、そもそも私が投げたナイフ見向きもされてない…
内心傷つきつつも、わんわん泣く彼の背中をとりあえずさする。
ドンマイ、いい人がいつか見つかるよ…
…というか、恋人にナイフを送るのは初めて聞いたし、私以外に送る人がいたんだな、と思った。
そもそもあんたもあんたでうろ覚えの時点でそんなに好きじゃなかったんじゃない…?

また、ある日は彼の日課の日記にぐちゃぐちゃに落書きをしてやった。
「バカ。鈍感。お前を連れてってやる…」等など。
これなら彼も毎日見るものだし、さすがに気づくだろう…
と思った。そして日記に落書きするときに気付いたが、どうやら彼の名前は
「若山 すみれ」というらしい。
ご丁寧に「お名前」の欄に名前を書いていた。

日記の内容は…、前の彼女が事故で死んだことと…、それに対する胸中だった。

「〇月×日
彼女がいなくなった。
信じられない。彼女はまだ生きているに決まっている。」

「〇月×日
彼女を見つけた。
でも、そこに行くには邪魔者を排除しなければならないらしい。」

「〇月×日
邪魔者とは「穏便」に話を付けた。
これであたしは彼女といられる」

「〇月×日
愛している愛している愛し
ている愛している愛してい
る愛している愛している愛
している愛している愛して
いる愛している愛している
愛している…………」

それは後半になるにつれて、幽霊の私でも少し引きそうな内容だったけど。

すると、彼は汚れた日記を手にとっては何かを書き始めた。

何を書いたんだろう…。
好奇心で後ろからのぞき込んでみた。

すると、そこには

「お前を、見ている。」

ぞっとした。

あんなに見えてなさそうだったこいつが、私のいたずらを全部無視してたってこと…?

思わず彼の顔を見る。

彼の眼は、しっかりと私を捕らえていた。

あとがき

お疲れさまでした。どうも、花の月です。


書きたいものを短い文章でまとめられるように頑張ってみました!うまくいってるといいな!
伏線は何個か入れたつもりでしたが、わかりづらいと思ったので解説を…

すみれさんは彼女が…、ゆらちゃんが事故で亡くなったのが信じられなくて、
どこまでも、文字通りどこまでも追いかけてきました。

実はゆらちゃんの力じゃなくて、すみれさんの力で前の住人がいなくなってたようですね…

ゆらちゃんを翻弄するために気付かないふりをしていました。
悪い人!

たまゆら…ほんの一瞬、少しの間、という意味。

それでは今回はここまでになります。また次回お会いしましょう!

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花の月

小さいころから絵を描くのが好きでした。 淡い色の絵が好きなのですが、自分自身は全体的にキラキラした絵が得意です 喉から手が出るほど創作が好きで、創作話を聞くのも書くのも楽しいです。 1枚1枚魂込めて描きますので、少しでも楽しんでいただけると幸いです。

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