アナタの忘れ物は夢ですか? 14

 家に着いて一通り必要最低限のことをやったあと、また幸が絵を描きたいと言い出した。一日一枚は描く気なんだろうか、始めに気張りすぎて、後々失速しなければいいけど……、そんな言葉をぐっと飲みこむ。相変わらず迷いなく線を引いていく幸に驚かされながら、紙の上をシャーペンが滑る音を静かに聞き続ける。

「何、描いてるんだ?」

 なんでしょう? 紙から俺へと視線を移し、幸はいたずらっ子のように笑う。具体的な何かじゃなく、今日描いてるのは抽象的な何かのような気がする。夢希望に満ち溢れた絵と言うよりは、どこか鬱屈としたものを覚える。幸にも、こういう感情があるのか。
 画用紙の上半分に鬱屈とした感情を、下半分に夢や希望を詰め込んで、それぞれ対照的な雰囲気の絵を仕上げると、また思い思いに色をのせていく。ただ夢中になって目の前の絵と向き合う幸の姿を見て、絵を描いていたころの自分と自然と重ね合わせた。まだ絵が楽しかったころ、真っ白な紙が自分の絵で埋まっていくのが嬉しかった、自分の感情も考えも世界観も何もかもぶつけて、好き勝手に色を塗るのが好きだった。

「前よりは……うん、上手く描けてる気がする!」

 何を描いてるか分かる、くらいの一枚目に比べると、質感や構図、パースなんかはバラバラでも、やっぱり感情がのってるからか、絵がこっちに何か訴えてくるように感じる。個人的に言えば、前の犬の絵もよかったが、今日の絵の方がずっと好きだ。

「乾いたら、また飾ってくれる?」

 そう小さくもない画用紙の絵を、自室に飾り続けなきゃいけないのか……、少しウンザリして幸を見るとどこかしょんぼりとした顔をする。分かった、飾るよ、と答えると、やっぱりいい、と首を振った。折角飾ってやるって言ってるのに、と少しむきになる。

「この絵は、自分の部屋に飾ろうかなって」

 いつかね、壁全部、自分の絵で埋めるの、照れたように笑う幸に、いいんじゃないか、と笑い返す。まぁそうなると、もっと上達しないとな? とにやりと笑うと、幸は、そうだね、と真剣な顔で頷いている。幸は、もっともっと頑張らないと、小さく力強く呟いた。

 絵の具が乾いたのを確認してから、幸はさっそく自分の部屋へと走っていった。リビングに残された俺は、ソファーに体を埋めるとぼうっと天井を眺める。今日もまたいろいろあったな、相変わらず平常心じゃないし、かっこ悪いとこばっかだけど、それでも昨日に比べれば慣れてきた感じがする。前は考えもしなかった、考えたくなかった絵の事も、少しは考えるようになったし、人が絵を描いてるのを見るのは面白い。一から絵を描き始めて、徐々にうまくなっていくのを見るのは、きっとかなり面白いだろうとも思う。

「少しだけ、変わったのか」

 いい方向か悪い方向かなんてわからないが、少しずつ俺の中の何かが変わっていってる。さすがに夢希望に満ち溢れる、なんて正反対まで一気にはいかないが、少しくらい夢見てもいい気はするようになってきた。それもこれも、幸のおかげなんだろう。

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猫人

はじめまして、猫人と申します。映画鑑賞、小説を書く事、絵を描く事、ゲームするのが好きです。見たり読んだりするのはオカルト関連ですが、執筆するのはSFと言うなんとも不思議な事がよく起こっています。ダークだったり、毒のある作品が大好きです。

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