漢字の由来
「新潟」という県名は、中世に信濃川や阿賀野川(あがのがわ)の河口付近で、氾濫によってできた新しい中州(干潟)に由来しています。
具体的には以下の要素で構成されています
新
新しい・新しくできた。
潟(かた)
沼地や干潟・泥地
かつては河口付近に新しく形成された潟(沼地)を「新潟」と呼んでいたことが始まりとなっています。
この場所に作られた港が「新潟の港」として知られるようになりました。
明治時代以降、廃藩置県で「新潟県」の名称が採用されました。
補足知識
「潟」の字の難しさ
「潟」は、さんずいに「臼」、その下には「鳥」と書きます。
この文字の由来は、泥地に住む鳥(シギなど)の姿や泥が推積(たいせき)する様子からきているという説があります。
異体字
過去の文書では、「潟」の略字や別漢字(潟の字が簡略化されたもの)が使われていたこともありました。
新潟は、古くからこの特徴的な地名と結びついています。
歴史
新潟は古くから信濃川・阿賀野川の河口として水運の拠点です。
江戸時代には、北前船(きたまえぶね)寄港地(きこうち)として日本海側最大の港町へ発展していきました。
米の収穫量は多いです。
明治時代初期には、人口が日本一でした。
現在も国際貿易港として機能し、豪農の館(ごうのうのやかた)や歴史博物館には、繁栄の跡が残っています。
1、古代・中世:越後国と水運の始まり
越後国の誕生
797年の「続日本紀」に「越後国」の名が登場しています。
蒲原津(かんばらのつ)
平安時代、信濃川と阿賀野川の河口付近は重要な水運の拠点であり、「延喜式」にも記録されています。
2、江戸時代:港町「新潟」と北前船
日本海側の拠点
西回り航路(北前船)の寄港地として大いに栄え、物流の中心となりました。
豪商の街
米や材木を扱う商人たちが活躍し、独特の町人文化が発達していきました。
新潟まつりのルーツ
約300年前に住吉祭(白山神社)が始まり、港の安全と繁栄を祈りました。
3、明治~昭和戦前:開港と日本一の人口
開港五港
安政5年(1858年)の条約により、横浜・神戸などと並び、1869年に日本海側で唯一の開港五港の1つとなりました。
日本一の人口
明治時代には、米の収穫量が非常に多かったそうです。
当時は、日本で最も人口が多い県でした。
新潟県の成立
明治9年(1876年)に、現在の新潟県が成立しました。
4、近代・現代:干拓と物流の発展
大規模干拓
まとめ
越後平野では古くから潟の干拓が進められきました。
明治から昭和にかけて鎧潟など大規模な水田化が行われました。
新潟港の近代化
北洋漁業の拠点や大陸との連絡航路として発展しました。
昭和44年(1969年)にはコンテナターミナルを核とする東港区が開港しました。
歴史的遺産
北方文化博物館(旧伊藤家)や旧小澤家住宅など、豪農・豪商の生活様式を伝える建物が残されています。
