富山県(漢字の由来)

外山の改称説(有力)

かつて富山城周辺には「外山」と呼ばれていました。

これは、その地域が「山の外側にある地域」や「(呉羽山などの)山の入り口、ふもと」を意味していたことから由来していました。

後に、この地が「富める山を持つ国」のように栄えることを願って、縁起の良い「富」という漢字が当てられたそうです。

富山城の城下町から
戦国時代~江戸時代にかけ、この地域を治めた富山城の地名が由来になりました。
城の「外濠(そとぼり)」やその周辺地域(外山)が発展し、町名として「富山」が定着しました。
呼称
かつては「越中国」と呼ばれていました。
新川、婦負(ねい)、砺波(となみ)、射水(いみず)の4郡から構成されていました。

歴史

富山県は古代「越の国」の一部です。

奈良時代には大伴家持(おおとものやかもち)が赴任し『万葉集』の舞台となりました。

戦国時代には一向一揆(いっこういっき)や上杉・織田氏の争いの地でした。

江戸時代には加賀藩前田氏の治水や薬売り(越中売薬)で発展していきました。

1883年に石川県から分県し、現在の富山県が誕生しました。

古代・万葉の時代
7世紀末に越前・越中・越後に分かれ、越中国府は高岡市に置かれていました。
大伴家持が「万葉集」で多くの歌を詠んだ場所です。
中世・戦国時代
源平の「倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦い」の舞台・一向一揆・上杉謙信の侵入など、激しい戦乱の時代でした。
近世・加賀藩時代
前田氏の治世下で常願寺川の治水が進み、農業と売薬(反魂舟)で栄えました。
近代・現代
明治16年(1883年)に石川県から独立して、産業(アルミ産業・水力発電)と教育(「教育県」)を特徴として発展していきました。

歴史的遺産
瑞龍寺(高岡市)
前田利常が建立した国宝になります。
井波瑞泉寺(南砺市)
木彫刻の町として知られています。
富山城
江戸時代の富山藩前田家の居城です。

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